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みゅう.112

Author:みゅう.112
 出身地 : 愛知県

 
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首都・ティラナに見る違和感

 
2013/12/19(Thu) Category : アルバニア
ファレミンデリト (ありがとう)


アルバニアの首都は、ティラナ。
共産主義国だった頃の面影が、今も中心部に漂っていました

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ヨーロッパらしい、洗礼された雰囲気を持つエリアもあるのだけど
ずいぶん老朽化のすすんだ建物や、廃墟などが点在しており。
この国が歩んできた歴史を、どこか垣間見ているような気分になります

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この国が民主化を遂げたのは、年ほど前。

それまで、自己資産の所有が許されなかった国民に。
おそらく政府は、何の準備も与えないまま自立を求めたのでしょう
経済観念のない社会には、無限連鎖講(ねずみ講)が蔓延していきます

ですが、問題はもっと深刻なモノでした
内戦下にあった隣国・ユーゴスラビアに対して、武器を密輸していた組織が。
この不正な資金を流用して、無秩序な経済体制を構成しまうんです。

驚くコトに、政府はその状況を把握しながら黙認していたんだとか


そして迎えた1997年、周辺国の武力紛争が終息に向かうと。
密輸ビジネスは破綻し、ねずみ講の利益配当もすぐに頓挫します
この際、3割もの国民が破産者となったようですが
事実上の経済崩壊を迎えた国家には、救済措置などとれるワケもなく。

民衆の怒りは、内紛規模の暴動へ。

国際社会の介入を受けて、鎮圧はしたけれど
この国に残ったのが、多額の損失と多数の死傷者・・・ そして、格差
現在も、ティラナには物乞いをする人がたくさんいるんです


無責任な政治主導により、長い間「欧州最貧国」と呼ばれたアルバニア。

信じがたいほどの犠牲を出し、まだまだ多くの課題を残す祖国を。
変わらずに愛しながら、眩しいくらいの笑顔を浮かべて生きる人もいます。

観光化が始まったばかりなので、不便な部分も少なくないし。
東洋人はあからさまに興味の対象とされ、気分を害されるコトもあるけれど
それでもあたしは、この国の人に尊敬の念を抱かずにいられません

       P1160809.jpg


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不思議の国、アルバニア

 
2013/12/18(Wed) Category : アルバニア
スィ イェニ (ご機嫌いかが?)


アルバニアの近代史は、どうにも不可解な部分が多いのだけれど。
そんな部分が、逆にあたしの関心を引き付けて止みません。


第二次世界大戦後、以前より親交の深かったソ連(ロシア)の支援を受け。
当時の首相エンヴェル・ホッジャは、共産主義体制を築きましたが
ほどなくして生まれた方針の相違により、断交という結末を迎えると。

ソ連を仮想敵国とした、極端な軍事路線へ転換

それだけじゃなく、思想が似ているコトを理由に。
当時のソ連と敵対関係にあった、中国へと接近していきます。
あの大国を相手に「恩を仇で返す」とは、何とも無鉄砲な話ですが。

ホッジャの暴挙は、これだけに留まりません

毛沢東の掲げる無神論を受け、アルバニアでも宗教活動を禁止にするほど。
つよい影響力を与えた中国が、1978年に開放政策を導入すると。
これを痛烈に批判し、この両国関係も破綻させちゃうんです


民主化の流れを忌み嫌い、独自の社会主義体制を貫き続けたホッジャ。
この頃には、周辺諸国との国交が保てなくなっていたため

ついに、鎖国という道を歩むコトに

有力な産業のないこの国が、独自に成長できるワケもなく
明らかに生活水準は低下していき、国民の不満が高まりを見せはじめると。
ホッジャは恐怖政治に走り、不穏分子を静粛していきました

当時は、「ヨーロッパの北朝鮮」と呼ばれたそうです


       2014033006175450a.jpg

そんなアルバニアに転機が訪れたのは、1985年。
独裁者ホッジャの死去により、鎖国解消に向けた動きは加速
アメリカとの国交を、年ぶりに回復させたコトをきっかけに。
90年代初頭には民主共和制を樹立、市場経済に参入を果たしましたが

これは、更なる悲劇の幕開けでもありました・・・


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通過できただけで、もう充分。

 
2013/12/17(Tue) Category : アルバニア

       アルバニア   アルバニア <Albania> 

     首都 : ティラナ<Tirana>
     面積 : 2.87万k㎡ (日本の約0.08倍) 
     人口 : 321.6万人
    公用語 : アルバニア語
     通貨 : レク <Lek> (1Lek=0.8円)
     GDP : 一人当たり429,216.7Lek (約343,373.36円)
     時差 : 日本とは-8時間   
                                     2013年度現在

ミラディタ (こんにちは)


あたしはこの旅で26カ国目となる、アルバニアに入国しています


実は、東欧にさほど関心を持っていなかったみゅうさん
この国の存在を認識したのも、わずか数週間前だったりするんですが
少し調べただけで、しっかりと興味が湧いてくるのを感じたっけ。 


数日の滞在じゃ、何に触れられるワケでもない事くらい分かっているけれど
アルバニアという国の雰囲気を、少しでも楽しめたらいいなぁ

そんな気持ちで目指したのは、首都・ティラナ

モンテネグロとは20世紀半ばから断交状態が続く、この国。
陸路入国できない可能性を心配したけれど、国境は開かれています
ただね、その移動はちょっぴり面倒でした


地図から推測するに、コトル ~ ティラナ間は約km。
その移動は、3台のバス(またはミニバス)を乗り継ぐ必要があります。
接続が決して悪くないのが、救いと言ったところ

厄介なのは、ティラナへ到着してから


ここへ来て知ったのだけど、この町にはバスターミナルがありません
厳密に言うなら、停留所として機能する場所は無数に存在しているんだとか。
その大半は、バスを管轄する旅行会社のオフィス前らしいのですが
あたしが降り立ったのは、市内の大きなロータリー脇・・・。

そこに待ち受けたのが、「現在地不明&英語を理解してもらえない」状況で
ヨーロッパにこの展開を想像できなかった分、衝撃は大きかったけれど。
それでも何とか、予約していたゲストハウスにチェックイン

町に着いてから2時間後のコトで、すでに夜が訪れていましたよ

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